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狂気と家族

狂気と家族
R.D.レイン、A.エスターソン:共著
笠原嘉、辻和子:共訳
1972年/みすず書房

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このなかには著者たちによってまとめられた11例の分裂病患者の家族研究が、直接的な面接記録のまま収められている。この記録の特徴は、家族が実際にお互いに関係しているところを“一緒に”直接観察するという方法をとったところにある。(中略)
詳細な面接記録のなかから、生き生きと脈うってくる「人間」と「病」の真実は、著者独自の分裂病論の流れのもとに捉えられ、多様な家族構造をもつ「われわれ」の問題として、激しく迫ってくるのである。
(巻末より引用)


僕がこの本を購入してから約10年の歳月が経ち、その間に3、4回は読み直しています。僕にとってこの本はそれだけ興味深い一冊という事です。なぜなら上記の引用文に記してある通り、この本が分裂病患者の家族との面接記録であるだけでなく、多様な家族構造をもつ「われわれ」の問題としても激しく迫ってくるからです。

面接は以下のような考え方のもとに行われました。序章から引用します。

ジルは父と母と兄をもっており、みんな一緒に住んでいると仮定してみよう。家族の外での人間としてはもちろんのこと、家族の一員としての彼女の完全な姿を描きだしたいと思うなら、次のすべての場合に彼女がどのように体験し、行動するかをみることが必要であろう。

ジルだけの場合
母といる場合
父といる場合
兄といる場合
父母といる場合
母と兄といる場合
父と兄といる場合
父と母と兄といる場合

おわかりのように、これはジルがとらねばならないいろいろな立場のかなり粗雑な区分である。


この本で言いたいことを僕なりに要約するとこうなります。

「そしてジルは、家族とのさまざまな関係の中で、欺瞞され続け、矛盾にさらされ続け、その結果生じた彼女の「ナンセンス」を、医師は分裂病と診断しているのです。」


ところで、日常的に欺瞞や矛盾に満ちた生活をおくっているのは、何も分裂病患者やその家族だけではありません。僕らだって多かれ少なかれ矛盾を抱えているし、欺瞞にされされています。知らず知らずに相手を欺瞞している事だって少なくないと思います。僕らがいつ“加害者”になっても“被害者”になってもおかしくありません。先にも述べたように、これは「われわれ」の問題でもあるのです。


※分裂病は、2002年6月より「統合失調症」と改名されています。

※この本では、患者とその家族の関係に焦点を当てて分裂病を解明しようと試みていますが、もちろん、それだけが原因で分裂病が発症するわけではありません。誤解と偏見を生まないよう注意する必要がわれわれにはあります。

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by BlueInTheFace | 2008-09-22 14:57 | 読書

バカの壁

b0011238_22561915.jpgバカの壁
養老孟司 著
/新潮新書 2003年4月10日初版

ここで敢えて説明するまでもない大ベストセラーの本書。先日古本屋で偶然見つけて、試しに買って読んでみた次第だが・・・僕の予想を遥かに超えた面白さだった。養老先生がこの本で言わんとするところに、大きな共感を覚えた、そういう類いの面白さであった。

僕は面白いと思ったが、しかしネットでのレビューを見る限り、養老先生が本書で展開させた論証方法や例示に、難癖をつける人も多数存在するようだ。中には「読む価値が無い」とまで言い切る人も。たしかに話はあちこちに飛躍しがちだし、時に突拍子もない例を示したりもする。だが、養老先生が言わんとするところの大まかな部分は大体伝わっているはずだ。

・「(個性的かどうかを心配するよりも、)親の気持ちがわからない、友達の気持ちがわからない、そういうことのほうが、日常的にはより重要な問題です」
・「人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる」
・「自分には無意識の部分もあるのだから、という姿勢で意識に保留を付けることが大切なのです」


特に、僕が本書に対して最も共感を覚えたのは以下の部分。

「知るということは、自分がガラッと変わること」


僕自身、以前の自分とは大きく変わったなぁと実感したのは、確か今から3、4年前のことだろうか。ちょうど僕がこのブログを始める少し前の事だ。その経緯については省略するが、とにかく当時の僕は凹んでいた(それ以前の僕はまさに“イケイケ”だった)。友人の一言がきっかけで僕は再生できたわけだが、それからは、世界の見え方が少し変わった。自分が変わったことによって、知り得るもの、見えるものの幅が、それまで以上に広がったと思う。素晴らしい経験です。

いかにも売れ線を狙った感のある『バカの壁』というタイトルが、僕をこの本から遠ざけさせていたのだが・・・。今は読んでよかったなぁとしみじみ思う。僕はこの先まだまだ変わり続けていきたい、そう思わせてくれただけでも、本書を手にとった価値があるというものだ。
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by BlueInTheFace | 2007-02-08 00:38 | 読書

浦沢直樹と佐野元春と、CCR

浦沢直樹の『20世紀少年』の22巻をようやく読んだ。浦沢氏は相変わらず仕事が巧いなと感心しつつも、僕は作中のエピソードの一つを読んで懐かしさがこみ上げてくるのを感じていた。DJ「コンチ」が小学生の頃、CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)というバンドの事をケンヂから教えてもらったという話だ。

b0011238_2225528.jpg僕も若い頃このCCRの曲にどっぷりと浸かっていた事があった。CCRの全盛期は1960年代後半〜70年代前半なので、僕が彼らの曲をリアルタイムで聞いた事はもちろん一度も無い。そんな僕がCCRを知るきっかけとなったのは、佐野元春の紹介によるもの。昔から佐野元春は、ライブ会場にて開場から開演の合間に流す音楽を自分で選んでいた。その中の一曲に、必ずCCRの超名曲『雨を見たかい』(原題『Have you ever seen the rain?』)が含まれていて、僕はそれを聞いているうちに、いつの間にかCCRの虜になってしまったのだ。(Amazonで試聴できます)

佐野元春と浦沢直樹の「ルーツ」はかなり似ていると僕は以前から思っていたのだが(過去記事「「プルートゥ」を読んで」を参照)、聴いて育った音楽についても二人の趣向はだいぶ近いような気がする。

ところで、先に紹介した『雨を見たかい』のサビ部分を日本語訳すると以下のようになる。

「俺は知りたくもない
 そんな雨を見たことがある奴のことなんて
 俺は知りたくもない
 そんな雨を見たことのある奴のことなんて
 晴れた日に降る雨のことなんて・・・」

この曲で歌われている「雨」というのは、「ナパーム弾」の事を指す。CCRのヴォーカルであるジョン・フォガティが、この曲の発売当時(1971年)に盛んだったベトナム戦争の被害者を想って創った曲であることは、我々にも容易に想像がつく。

この曲は、戦争反対という意志を明確にロジカルに表現しているのではなく、もっと感情のレベルで、我々の心のより深い部分をノックしようとしている。これと全く同じ表現方法を、浦沢氏も漫画を使って随所に用いているのは皆さんご存知の通りだ。『20世紀少年』でこの曲が採り上げられた背景には、漫画のストーリーとマッチしているという理由の他に、戦争の悲惨を嘆く強いメッセージと、物語を創作するにあたっての浦沢氏なりのこだわりが、見え隠れしているような気がしてならない。もちろんそれと同じ事が佐野元春にもあてはまっている。
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by BlueInTheFace | 2007-01-14 22:05 | 読書

存在の耐えられない軽さ

存在の耐えられない軽さ
ミラン・クンデラ 著
 千野栄一 訳/集英社 1984年刊(日本語版単行本は1993年) 1987年フィリップ・カウフマン監督によって映画化

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本書はチェコ出身の現代ヨーロッパ最大の作家ミラン・クンデラが、パリ亡命時代に発表、たちまち全世界を興奮の渦に巻き込んだ、衝撃的傑作。
「プラハの春」とその凋落の時代を背景に、ドン・ファンで優秀な外科医トマーシュと田舎娘テレザ、奔放な画家サビナが辿る、愛の悲劇・・・。
たった一回限りの人生の、かぎりない軽さは、本当に耐えがたいのだろうか? 甘美にして哀切。究極の恋愛小説。(巻末より引用)


巻末の紹介文には「究極の恋愛小説」とあるが、本書の内容は単なる恋愛劇にとどまらない。ここには、主人公たちの「人生」そのものが詰まっている。時折、哲学的でやや難解な表現が用いられていたり、何の前触れもなく時系列が前後していたりするので、決して読みやすい本とは言えないのだが、考えさせられる事や得るものの多い、極めて良質な物語である。かつて日本には「クンデラブーム」なるものが起こったらしいが、この本を読むとそれも頷ける(しかし逆に疑問にも思う。ブームが起こるほどに広く読まれるほど、クンデラの小説は軽い内容ではない)。

親しくなったチェコの劇作家Dは、
「(東側の)あの進歩を拒むような宿命論は虫唾が走るほど不快」
と吐き捨てるように言った。ついでに、
「だから、ドフトエフスキーも大嫌いだ」
とも。東方正教を文化的背骨とするロシアに国土を蹂躙されたことでこの感情は増幅しているのだろう。Dだけではない、ミラン・クンデラはじめ中欧を代表する知識人たちの創作姿勢にはこの気分がことあるごとに顔を出す。
(『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』より引用)


『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』に収められた短編の一つ『白い都のヤスミンカ』の中で、上記のように語られていたのを僕は覚えていたのだが、正直僕には、本書を読み終えてもそのへんのニュアンスはよく分からなかった。僕がロシア文学というものを読んだことが無いから分からないのだろうか。ただ僕は読んでいて、「たった一回限りの人生の、かぎりない軽さは、本当に耐えがたいのだろうか?」という問いと、「宿命論の否定」とが、何となくリンクし合っているような気がしたので、わざわざ上に引用した次第である。

ともかく本書は、啓示的で、悲しみに溢れ、かつ僕にとっては「救われる」本でもあった。今すぐもう一度読み返したとしても絶対に面白いと思う。この本を読み終えたうえで傑作『冗談』を読み直してみれば、僕はクンデラの世界を更に深く理解できるかもしれない。
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by BlueInTheFace | 2006-11-15 00:43 | 読書

世界の日本人ジョーク集

世界の日本人ジョーク集
早坂隆 著
/中央公論新社 2006年1月10日初版

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世界から憧憬の眼差しが注がれる経済大国? それとも、物真似上手のエコノミック・アニマル? 地球各地で収集したジョークの数々を紹介しながら、適材適所に付された解説により、異国から見た真の日本人像を描き出していきます。『世界の紛争地ジョーク集』『世界反米ジョーク集』に続く、同著者入魂の第三弾は、読者からも問い合わせの多かった「日本人をネタにしたもの」を満載しました。笑って知って、また笑う。一冊で二度おいしい本の誕生です。知的なスパイスの効いた爆笑ネタを、ぜひご賞味あれ!


久々に本を衝動買いしてみたが、本書にて紹介されている日本をネタにした世界のジョークは、なかなかに面白いものばかりだった。食べ物にまつわるジョークでオチに使われるのは決まってイギリスであったり、情熱的のイタリア人や生真面目なドイツ人、時間にルーズ(?)なスペイン人やポルトガル人をおちょくったり。アジアでは中国やインドをネタにしたものも多かった。また、ロシアがジョークのオチに使われる頻度の多いことも興味深い。

●無人島にて

ある時、大型客船が沈没し、それぞれ男二人と女一人という組み合わせで、各国の人々が無人島へと流れ着いた。それから、その島では一体何が起こっただろうか?

[イタリア人] 男二人が女をめぐって争い続けた。
[ドイツ人] 女は男の一人と結婚し、もう一人の男が戸籍係を務めた。
[フランス人] 女は男の一人と結婚し、もう一人の男と浮気した。
[アメリカ人] 女は男の一人と結婚して子どもも生れたが、その後に離婚し、親権を争うためにもう一人の男に弁護士役を頼んだ。
[オランダ人] 男二人はゲイであり、結婚してしまった。女は無視された。
[日本人] 男二人は、女をどう扱ったらよいか、トウキョウの本社に携帯電話で聞いた。
[ブラジル人] 三人で楽しそうにカーニバルを始め、飽きることなく踊り続けた。
[ロシア人] 女は愛していない方の男と結婚し、三人で果てしなく嘆き悲しんだ。


ルポライターである著者は僕と同世代で、世界各地を歩き回っているらしく、中・東欧、特にハンガリーの事情に詳しいようだ。彼自身の体験に基づくバランス感覚に優れた解説が、本書をただのジョーク集では終わらせず、示唆に富んだ内容を伴う良書に仕上げてくれている。休日のお供にちょうど良い一冊。

ちなみにサッカー好きの僕としては、著者がセルビアで体験した「ナゴヤ」にまつわる話がとても印象的でした。
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by BlueInTheFace | 2006-10-27 11:16 | 読書

壬生義士伝

※最近ちょっと忙しくて更新が滞ってますが元気です

壬生義士伝
浅田次郎 著
/文春文庫 2000年4月単行本初版

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小雪舞う一月の夜更け、大坂・南部藩蔵屋敷に、満身創痍の侍がたどり着いた。貧しさから南部藩を脱藩し、壬生浪と呼ばれた新選組に入隊した吉村貫一郎であった。“人斬り貫一”と恐れられ、妻子への仕送りのため守銭奴と蔑まれても、飢えた者には握り飯を施す男。元新選組隊士や教え子が語る非業の隊士の生涯。浅田文学の金字塔。


今まで歴史ものを読んだことが無かった僕にとって、記念すべき歴史小説デビュー作品。だだし僕が今後も歴史小説を読み続けるかどうかは、僕自身にも分からない。何故かって、この『壬生義士伝』が、予想以上に面白い内容だったから。僕が今までに読んだ浅田作品の中でも文句なしの最高傑作。この作品の面白さを基準にして考えたら、満足いく歴史小説にはそうそう出会えそうもない気がして、他の歴史物を読む前にしりごみしてしまいそうだ。いやきっと、巷に溢れる歴史小説の中には、読み応えのある奥深い作品がたくさんあるのだろうけど、それにしたってこの作品のハードルは高いと思うよ。

TVドラマの時代劇も、物心つく頃からあまり得意ではなかった。特にチャンバラのシーンで、悪者がバッタバッタと斬られていくシーンを見ると、そのたびに「うそ臭いな」と思ってしまう、ひねくれ者のガキだったのだ。なので昔の時代劇では、「水戸黄門」よりも、チャンバラが比較的少なくしかも人情に訴える話が多かった「大岡越前」のほうを、好んで見ていた記憶がある。

そんな僕にとって、この『壬生義士伝』は「ツボ」だった。ツボというツボを全部押されてしまった。人を斬る、人が死ぬという事を、痛々しく生々しくリアルに表現しているのもまた良かった。幕末という「封建時代の理不尽」に、立ち向かって叫んでいるかのごとく生きる吉村貫一郎の姿は、「現代の理不尽」の只中を生きる我々にも、多くのことを教えてくれている気がする。歴史小説を読んだことのない人にも自信をもってお薦めできる作品だと思う。
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by BlueInTheFace | 2006-09-18 18:20 | 読書

嘘つきアーニャの真っ赤な真実

※ここ4・5日、仕事中以外は本の虫でした。ご無沙汰してますミツです。

b0011238_1125854.jpg嘘つきアーニャの真っ赤な真実
米原万里 著
/角川文庫 2001年6月単行本初版

一九六〇年、プラハ。小学生のマリはソビエト学校で個性的な友だちに囲まれていた。男の見極め方を教えてくれるギリシア人のリッツァ。嘘つきでもみなに愛されているルーマニア人のアーニャ。クラス1の優等生、ユーゴスラビア人のヤスミンカ。それから三十年、激動の東欧で音信が途絶えた三人を捜し当てたマリは、少女時代には知り得なかった真実に出会う!大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。


むーちょさんの紹介で購入した本書は、期待通りの良書だった。米原さんは、9歳から14歳まで少女時代の5年間、チェコのプラハにあるソビエト学校に通ってロシア語で授業を受け、後にその経験を活かし、第一級の通訳として、ロシア語圏要人の同時通訳などで活躍された。今年5月25日に死去、享年56歳という若さであった。


小学生が貪欲に“性の知識”を吸収したがるのは、どの国の子どもであれ同じなのだなぁ、などと、米原さんが回想するソビエト学校時代のエピソードの一つ一つを面白おかしく読んだ。米原さんと彼女たちとの友情が、祖国の枠を超えて育まれていく。その一方で友人たちは、社会主義の矛盾や、民族間の対立などの、中・東欧を覆う大きな時代のうねりの中で、何とか自己を確立しようと懸命にもがいている。

経験に裏打ちされた確かな知識と洞察力、そしてウィットに富んだユーモアで、激動の時代の中・東欧事情を分かりやすく紹介し、そしてそこに生きる彼女たちの人生の輪郭を優しく撫でくれる。決して自分のことを多くは語ろうとしない米原さんだが、友人に対して抱く愛しさと切なさが会話と会話の行間から滲み出ていて、米原さんの人柄と思想が読み手の側にもじんわりと伝わってくる。

僕は、本書に登場するチェコやギリシャやセルビアやトルコといった国の美しい風景を、一度でいいから眺めてみたい(本当は、何度も眺めてみたい)と思う。しかし、たとえば僕が外国人に日本のお国自慢をするとしたら、一体何を紹介しよう? 日本の四季の素晴らしさと、豊かな食文化を堪能してもらうには、最低1年は日本に住んでもらわないと、分かってもらえないだろうなぁ。そしてかの国々と同様、ほんの60年前までの日本にも、暗い歴史があり、僕らはその歴史の延長線上にいるのだということを、忘れてはならないと思った。
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by BlueInTheFace | 2006-09-13 03:33 | 読書

鉄道員(ぽっぽや)

b0011238_0461349.jpg鉄道員(ぽっぽや)
浅田次郎 著
/集英社 1997年4月30日 初版

娘を亡くした日も、妻を亡くした日も、男は駅に立ち続けた―。心を揺さぶる“やさしい奇蹟”の物語…表題作はじめ、「ラブ・レター」「角筈にて」など8編収録。第117回直木賞受賞作。


椿山課長の七日間』に引き続いて浅田次郎作品を読んだ。古本屋で100円で売ってたので買い置きしたものの、そのまま本棚に眠り続けていた『鉄道員』だ。

映画化された「鉄道員」「ラブレター」は共に観たことがなかったため、純粋に浅田作品を楽しむことができた(しかし「鉄道員」の主人公に健さんを思い浮かべてしまうのはいたしかたない)。この2作品をはじめ、掲載された8作品はどれも深い余韻の残るいい話ばかりで、僕は、主人公たちの物語の“その後”を思い浮かべずにはいられなくなるのだった。

僕が読んだ限りで言えば、浅田次郎の作品は「上手いなぁ」の一言に尽きる。プロの作家である浅田次郎氏が、万人に受ける作品を創るため、いい意味で“仕事”に徹している感じを受けるのだ。僕は、そんな浅田次郎氏のプロの仕事をしっかりと味わいたい。何故なら、おそらく今の僕は、浅田次郎氏の作風を一番欲している“時期”なのだと思うから。赤川次郎氏の推理小説をむさぼり読んで、活字の世界にぐいぐい引き込まれ(そして卒業していった)、中学生の初めのあの頃の僕のように。

というわけで、これからも“迷ったら浅田次郎”の路線でいきたいと思いますのでどうぞよろしく。
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by BlueInTheFace | 2006-08-31 01:25 | 読書

椿山課長の七日間

b0011238_2495058.jpg椿山課長の七日間
浅田次郎 著
/朝日新聞社 2005年9月30日 初版

働き盛りの46歳で突然死した椿山和昭は、家族に別れを告げるために、美女の肉体を借りて七日間だけ“現世”に舞い戻った! 親子の絆、捧げ尽くす無償の愛、人と人との縁など、「死後の世界」を涙と笑いで描いて、朝日新聞夕刊連載中から大反響を呼んだ感動巨編、待望の文庫化!


浅田次郎の小説を読んだのは『プリズンホテル』に次いで本作が2作目(まだ読んでないストック本は何冊かある)。軽快なタッチの物語を読みたいと本屋を探していて、ドンピシャの本作を見つけたというわけだ。

本作が『プリズンホテル』に比べてより簡潔な表現なのは、字数に制限がある新聞連載だったからだと思われるが、しかし内容は思いのほか濃かった。いや、簡潔な表現だったからこそ逆に作品に深みが出たというべきで、制限を課された中で見事に物語をまとめ上げた著者の力量の凄さを、僕は改めて思い知らされた。著者の哲学・人生観が、小気味いいほどダイレクトにこちら側に伝わってくる作品だった。

登場人物たちは、内面的にも外見的にも、至るところで「逆の真実」と遭遇する。物語の基本設定からして、主人公は死者なのに現世を生き、魂は男なのに肉体は女なのだ。その「同時に」生じているズレが、僕たち読者を笑いと感動へと誘っている。その最たるものが、この作品世界を満たしている「ごめんなさい」と「ありがとう」の心。

読みやすく、時に示唆に富み、そして心温まるストーリー。学生が夏休みの読書感想文に選ぶなら、ぴったりの物語だと思った。読む人の年代や性別によっては、感じ方が多少違うかもしれない。普段本を読まない人にも自信をもってお薦めできる一冊です。
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by BlueInTheFace | 2006-08-08 02:51 | 読書