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理想郷

ここに、僕の理想郷があります。

マドンナ

※サーバーがダウンしたようで残念ながら「マドンナ」は現在見ることが出来ません。

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久々の草サッカー

足の小指の怪我もようやく8割方治ってきて、今日は久しぶりに草サッカーに参加してきた。相手がそれほど強くないチームだった事もあり、休養明けの僕にはちょうどよい、それほどテンションの高くない試合だった(試合は4-0で快勝)。今日は攻撃参加も控えめに、無難に繋ぐプレーに終始した。

休養明けとはいっても完全に休んでいたわけではなく、先月くらいから、僕は浦安のフットサルチームに参加してボールを蹴っていた。初心者中心の、楽しみながらサッカーをするタイプのチームで、普段僕がプレーしているチームとは真逆のチームカラーだ。普段は、楽しみながらも貪欲に勝利を目指して“闘う”事をモットーにサッカーをしているので、このフットサルチームのマッタリした雰囲気は僕には少々物足りない。しかしそのマッタリ感が逆に新鮮でもある。

フットサルはコートが小さく、試合中にボールをたくさん触れるので(もちろん、フットサルであろうとしっかり走らなければいいボールを貰うことはできない)、とてもいい練習になり、草サッカーのレベルアップにも繋がっていくと思う。マッタリしたフットサルと本気モードの草サッカー、両方を自分の中で上手く活かしながら、これからも長くサッカーを楽しめていければいいなと思う。生活の中の“カンフル剤”として、サッカーの存在は、僕には欠かすことのできない大きなものになっている。

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『自虐の詩』が映画化!

以前に当ブログでも紹介(過去記事参照)した、漫画家業田良家氏による傑作『自虐の詩』が、映画化されることになったらしい。

■監督:堤幸彦
■キャスト:中谷美紀、阿部寛、他

ネットで調べてみたが、これ以上の詳細は不明。
今から公開が待ち遠しい。
漫画、もう一回読んでみよ・・♪

※「映画雑談」にTB

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by BlueInTheFace | 2006-11-23 02:58 | 映画・TVなど

町の小さなドラッグストア

以前このブログで、僕は自分の事を「薬局にはほとんど行ったことがないのに、薬局にまつわるエピソードについては事欠かないのが自慢」だと書いた事がある。さて、この謎めいたプロフィールには実はいたって単純なタネが隠されている。そう・・・僕の実家は、町の小さなドラッグストアなのだ。

僕が4歳の時、父は一大決心をした。安かったが商売するには条件のあまり良くない土地を買い、二階建ての家を新築し、一階を薬局としてオープンさせたのだ(そのため居住スペースは二階のみとなり、しかも土地が狭かったので、僕たち家族はかなり窮屈な生活を余儀なくされた)。その後、父と母の二人三脚で切り盛りしてきた店は、バブルの助けを借りながらなんとか軌道に乗ることができた。

大手ドラッグストアが街のいたる所でオープンし、薬の大量激安販売が当たり前の昨今にあって、我が家のような個人経営の薬局は、とても太刀打ちできる状況にない。しかしおかげさまで、現在でも細々とではあるが営業を続けさせてもらっている。


ちなみに僕は実家が薬屋なので、物心ついてからこの方、金が無くて困ったことはあっても薬が無くて困ったことは一度もない。例えば中学生の頃ニキビに悩んでいた僕は、市販の薬の中ではニキビに一番良く効くという「クムメルシ液」なる商品を、容易に(しかも安価に)手に入れることができた(この商品が現在も市場に流通しているかどうかは不明)。クラスの女子たちに「ニキビ治ったね!」と言われた僕は、平静を装いながら「うん、まぁね」とクールに返答した。実際はニキビを治す為に全力で取り組んでいたのだが、僕にとって不名誉でしかないその事実は巧妙に隠蔽されたのだった。

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存在の耐えられない軽さ

存在の耐えられない軽さ
ミラン・クンデラ 著
 千野栄一 訳/集英社 1984年刊(日本語版単行本は1993年) 1987年フィリップ・カウフマン監督によって映画化

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本書はチェコ出身の現代ヨーロッパ最大の作家ミラン・クンデラが、パリ亡命時代に発表、たちまち全世界を興奮の渦に巻き込んだ、衝撃的傑作。
「プラハの春」とその凋落の時代を背景に、ドン・ファンで優秀な外科医トマーシュと田舎娘テレザ、奔放な画家サビナが辿る、愛の悲劇・・・。
たった一回限りの人生の、かぎりない軽さは、本当に耐えがたいのだろうか? 甘美にして哀切。究極の恋愛小説。(巻末より引用)


巻末の紹介文には「究極の恋愛小説」とあるが、本書の内容は単なる恋愛劇にとどまらない。ここには、主人公たちの「人生」そのものが詰まっている。時折、哲学的でやや難解な表現が用いられていたり、何の前触れもなく時系列が前後していたりするので、決して読みやすい本とは言えないのだが、考えさせられる事や得るものの多い、極めて良質な物語である。かつて日本には「クンデラブーム」なるものが起こったらしいが、この本を読むとそれも頷ける(しかし逆に疑問にも思う。ブームが起こるほどに広く読まれるほど、クンデラの小説は軽い内容ではない)。

親しくなったチェコの劇作家Dは、
「(東側の)あの進歩を拒むような宿命論は虫唾が走るほど不快」
と吐き捨てるように言った。ついでに、
「だから、ドフトエフスキーも大嫌いだ」
とも。東方正教を文化的背骨とするロシアに国土を蹂躙されたことでこの感情は増幅しているのだろう。Dだけではない、ミラン・クンデラはじめ中欧を代表する知識人たちの創作姿勢にはこの気分がことあるごとに顔を出す。
(『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』より引用)


『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』に収められた短編の一つ『白い都のヤスミンカ』の中で、上記のように語られていたのを僕は覚えていたのだが、正直僕には、本書を読み終えてもそのへんのニュアンスはよく分からなかった。僕がロシア文学というものを読んだことが無いから分からないのだろうか。ただ僕は読んでいて、「たった一回限りの人生の、かぎりない軽さは、本当に耐えがたいのだろうか?」という問いと、「宿命論の否定」とが、何となくリンクし合っているような気がしたので、わざわざ上に引用した次第である。

ともかく本書は、啓示的で、悲しみに溢れ、かつ僕にとっては「救われる」本でもあった。今すぐもう一度読み返したとしても絶対に面白いと思う。この本を読み終えたうえで傑作『冗談』を読み直してみれば、僕はクンデラの世界を更に深く理解できるかもしれない。
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by BlueInTheFace | 2006-11-15 00:43 | 読書

母親学級

今日の午後、奥さん行きつけの産婦人科で、妊娠初期の女性を対象にした「母親学級」が開かれた。僕は今日たまたま会社が休みだったのと、何となく面白そうという理由で、その母親学級に参加してみた。

会場となった病院内の個室には、淡い色の絨毯の上に座布団が敷かれていて、インストラクターの女性を囲むような形で計5人の妊婦さんが座っていた。男は僕一人だけ。僕はあまり目立ちすぎるのもどうかと思い、とりあえず一番端の席に座ることにした(しかし僕の格好が真っ白なズボンと真っ赤なトレーナーだったので嫌でも目立つ)。

初対面のもの同士が小さな輪になって座り、さすがに和気あいあいという雰囲気はなかった。インストラクターの女性が話し始めるまでは、窓の外で降り続いている雨の音ばかりが部屋を静かに満たしていた。講義の内容はそれほど難しいものではなく、カルシウムを良く摂取するだとか酒は控えるだとか、一般に常識とされることを今一度おさらいする感じのものだった。

むしろこの学級の意義は、そういった知識の部分にあるのではなく、不安を抱えた妊婦さんたちの心のケアに主眼が置かれているのだなと思った。なるほど、この部屋の中にいる人間で比較的冷静なのは、出産経験を持つインストラクターの女性と、そして出産にまつわる身体的・精神的不安の無い、僕だけなのだった。

母親学級は、似たような悩みを抱える妊婦同士が一堂に集まるということで、ひょっとしたら友だちになれるかもしれないというメリットもある。うちの奥さんは、このような教室に僕と一緒に通うより、一人で通ったほうが友だちが出来やすいのではないか。僕はなんとなくそう思い、次回からは、例え会社が休みであっても参加するのは避けようと思った。

ただ、母親学級のような、男にとってある意味“特殊”な場に身を投じたことは、僕にとって貴重な体験であった。今日、地元からほど近い駅で行なわれたイベントに、現在絶好調のアキバ系めがね系アイドル「時東ぁみ」(オフィシャルHP)がやって来たのだが、そっちに行くよりはよほど有意義だったかなぁと思う。母親学級と時東ぁみ、どちらを選択するか一ヶ月ばかり悩みに悩みぬいたのだが、僕はどうやら正しいほうを選択したようだ。

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結婚記念日

本日(7日)は我々夫婦の結婚記念日である。しかも10周年記念というめでたい日だ。という訳で、有楽町あたりで待ち合わせて、二人でリッチな外食でもと思い、定時であがらせてもらうよう事前に会社にお願いしてあった。しかし、何だかんだで結局会社を出たのは夜8時になってしまい、リッチな外食の計画はお流れ。家の近所にあるありふれたレストランでの、ささやかなお祝いとなった。

レストランでは、10年を振り返ってあんな事こんな事色々あったね・・・という話にはならず、お互い、学生の頃よく寝坊しては、遅刻を免れる為にどれだけ死に物狂いで走ったか、その必至さのレベルを競いあった。残念ながらこの勝負は僕の負け。僕はバス停までのたかだか2分弱をダッシュしたに過ぎなかった。しかし彼女は、最寄り駅まで自転車で片道20分の道を7分で走破した。線路沿いの道を電車と並走し、電車と同時に駅に到着し、猛然と改札を潜り抜けて、ドアが閉まる寸前間に合うのだった。

記念日云々の話は男よりも女のほうが断然覚えているもので、我が家もその例からは洩れない。しかしこと結婚記念日に関する限り、うちの奥さんはどうも忘れがちになるようだ。去年は二人ともすっかり忘れていて、1週間ほど過ぎたある日、僕がふと思い出して「そう言えば結婚記念日は先週だったな」と告げると、奥さんは「あ!」と素っ頓狂な声をあげた。記念の日の行事を大切にするという意味では古風な一面もある奥さんだが、その記念日を忘れていたのでは元も子もない。

それで今年こそはという話になるのだが、一昨日の日曜日、僕はフットサルの試合に行き、帰ったらビデオでバルサの試合を見てたりして、奥さんのことを一日中放ったらかしにしていた。プレゼントも何も用意していない。僕はちょっと罪悪感に苛まれつつ「明後日(7日)は、どこかで食事でもしようか」と誘ってみた。ところが奥さんは「何で?」と不思議そうな顔。・・・僕は敢えて無言。するとその数秒後、奥さんは1年前と全く同じリアクションで「あ!」と素っ頓狂な声をあげたのだった。

こうやって書くと仲の悪い夫婦のように感じるかもしれないけれど、実はこれでもうまくいってるんですよ(・・・とフォローしてみる)。なんせ10年も一緒なわけだからね。

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ACLについての雑感

日テレの、武田修宏とGAKU-MCが進行を務める深夜のサッカー情報番組を見ていたら、その中でAFCアジアチャンピオンズリーグの決勝戦第一試合の模様がダイジェストで放映されていた。

ホームの全北現代(韓国)が2-0でアルカラマ(シリア)を退けた。全北現代にとっては、勝利はもとより、アルカラマの得点を0で抑えたのが何より大きいだろう。これで全北現代はシリアの地でも勇敢に戦うことが出来る。アウェイの地で1点でも取れれば、全北現代の優勝はほぼ間違いない。

僕はこのダイジェスト放送の、全北現代のホームスタジアムが湧きに湧いている映像を見て、心底羨ましく感じたとともに、決勝T進出もおぼつかない日本サッカーの現状を想って暗い気分にさせられた。日本サッカー協会は、Jリーグのレベルアップを図ることの一環として、ACLを戦うチームに対してもう少し日程的な配慮を施したほうが良いのではないか(かつてマリノスもこの問題に苦しめられた)。加えて、ナビスコカップの覇者にACLの出場権が無いという、誰が考えても不自然極まりない出場権獲得の図式を、思い切って見直してもらいたい(天皇杯優勝チームがA3に出場したほうが、どちらかと言えば自然なような気がする)。

先日「日本サッカー黄金の行方」というタイトルの「Number」を読んだのだが、その紙面では、今も粛々と「W杯後」を戦う黄金世代の面々の様子が、リアルに切り取られていた。大黒将志は言う。

「・・・チャンピオンズリーグ(CL)か、W杯か。何が一番大事か、人それぞれやと思うんです。僕のサッカー人生にとっては、CLが世界のトップレベルで一番大きな大会。そこでプレーしたいと思うし、そのためにセリエAで結果を残したい。ここのサポーター、ガンバの10倍はおるよ、凄い人たちが(笑)。サッカー馬鹿っていうか、サッカーが人生に根付いてる、そういう場所に来られて幸せ」

セリエAでチャレンジすることができる大黒はとても幸せな環境にいると思うが、欧州でなくとも、アジアにだって大陸王者を決める立派な大会がある。協会は、世界クラブ選手権の観客動員を心配するより、日本のクラブチームがどうやったらアジアを制することが出来るか、もっと真剣に考えたほうがいい。僕は世界クラブ選手権で、バルサやリヴァプールと正々堂々戦う日本チームを応援したい。


ちなみに、冒頭の日テレの深夜番組では、ナビスコカップを制したジェフ千葉の数名がゲスト参加していた。今後の目標は?と聞かれたジェフの選手は、来期でのリーグの優勝と(ベルディしか成し得ていない)ナビスコ3連覇を掲げた。「ベルディしか成し得ていない」はジェフ選手の発言だが、TV局側に言わされた感があったのはもちろん言うまでもない。だがそもそも、世界クラブ選手権を特集する番組で、ナビスコ優勝チームの選手をゲストに呼ぶこと自体がおかしい話だ。こんな非常識なTV局に、世界クラブ選手権を独占放送させ続けるのは、いかがなものか?と思わざるをえない。
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by BlueInTheFace | 2006-11-04 02:20 | サッカー

ひじき感激

最近奥さんの山口県の実家から我が家に定期的に食料が送られてくる。大きなダンボール一杯に詰められた食料品の大半は野菜で、そのほとんどは自宅の畑で採れたものだ。身重の為買い物に行くのもしんどい奥さんにとってはなにより有り難い贈り物だろう。その恩恵に与って、僕も毎日美味しい野菜をたらふく頂いている。ただ、とにかくサツマイモが大量にあるので、しばらくは毎日サツマイモづくしの食卓となってしまいそうだ(多分そのうち飽きるw)。

ところで最近驚いたのは、山口から送られてきたひじきと油揚げを使って、奥さんに作ってもらった煮物を食したところ、それがとにかく美味しかったことだ。奥さんは以前と同じ調理法で煮付けているのに、送られてきた「山口県産」のひじきと油揚げを使用しただけで、今までよりも格段にレベルアップしている。こんなにひじきが美味しいと思ったことは未だかつて無かった。多分いままで食べていたひじきは外国産の養殖物だったのだろう。僕の中では脇役の存在でしかなかったひじきが、一気に主役に踊り出た。


※「ひじき」でググったら一番最初に出てきたのがこの「ひじき講座」。ひじきの産地、ひじきの種類、ひじきの栄養など幅広くひじきの知識をまとめたひじきづくしの講座です。「昆布講座」のリンクもあり。

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