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国際交流

今日は風も無く晴天に恵まれ、少し走ると汗ばむくらいの穏やかな陽気。まさにスポーツの秋ということで、僕は本日も草サッカーでいい汗をかかせてもらった。

今日の対戦相手は、在日インドネシアの学生たち。正直、彼らのサッカーのレヴェルはお世辞にも高いとは言えないもので、20分3本の試合を行い、結果は15-0で僕らの圧勝。試合の殆んどの時間は、僕らのチームが相手陣地に攻め込んでばかりの、一方的な展開だった。

ところが、そこまでぼろ負けしておきながら、彼らは終始笑顔が絶えず、とても和気あいあいとした雰囲気のチームだった。コートの使用時間が終わり、僕らが土手の斜面に荷物を退避させてまったりと寛いでいたら、インドネシアチームも僕らのすぐそばまでやってきて、そこに腰をおろしてまったりと寛ぎ始めた。

するとインドネシアチームのキャプテンが僕らの輪の中にやってきて、この後、コートの横の芝生のスペースを使ってミニゲームをやりませんか、と提案してきた。日が暮れるまでまだ少し余裕があったので、僕らは喜んでその提案を受け入れた。

インドネシアチームの輪の中の、口髭をたくわえたチームの中で一番年輩そうにみえる人が、おもむろにタバコを取り出して一服し始めた。インドネシア産独特の甘ーい香りがこちらにも漂ってきて、それがとても美味しそうだったので、僕を含めた喫煙者数名が、その香りに釣られてふらふらと彼の方に歩み寄っていき、「美味しそうですね、一本下さい」と話しかけた。彼は「どうぞ」と言って僕たちにタバコを恵んでくれた。うん、美味しい! それからしばらくの間、僕たちはインドネシアチームの輪の中に座り込み、片言の日本語と片言の英語を使ったコミュニケーションが始まったのだった。

インドネシアチームで一番若いのは15歳のケンタロウ君で、母親が日本人なのだそうだ。なので日本語もそこそこ話すことが出来た。しかし彼らの殆んどは日本に来て間もないそうで(おそらく父親の仕事の都合で日本に来ているのだろう)、僅かな単語しか話すことが出来なかった。誰かが「インドネシア語、シッテル人イマスカ?」と聞いてきたので、僕が唯一知っていたインドネシア語「トゥリマカシー(多分“ありがとう”という意味)」を言ったら、笑いと拍手が起こった。

「アァ、オナカスイター」と誰かが言ったので、話しの方向が自然と日本の食べ物のことに移った。彼らは殆んどインドネシア語で喋っていたので、話の詳しい内容は分からなかったが、どうやら「ピザーラ」と「ドミノピザ」のどちらが美味しいか議論しているようだった。次に、牛丼は「吉野屋」と「まつや」のどちらが好きかと聞いてきたので、僕が「まつや!」と言うと、一人の青年が「ワタシモ、マツヤデス♪」と破顔して喜こんだ。彼は特に「カルビ定食」がお気に入りのようで、「カルビテイショク、マイウー♪」を繰り返した。

そんなこんなで団らんのひと時を過ごした後、僕たちは小一時間ほどミニゲームを楽しんだ。相手がいいプレーをするとお互いに拍手が起こる、友好的な雰囲気でゲームは進められた。彼らとは是非また試合をしたいものだと思ったし、彼らもそう思ってくれただろう。得点が入ると、インドネシアチームの数人による、レイザーラモンを真似ての「フォー!」という叫び声が、夕暮れの河川敷にこだましていたのが印象的だった。

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本格的な冬に備えて

今日の夕食前、我が家ではこれからの本格的な冬到来に備えてコタツを作動させた。去年は「コタツに入るとそこから出られなくなって、何も出来なくなる」と思い、エアコンと灯油ストーブで冬を乗り切ったのだが、今年は何も考えずにコタツを出してしまった。やっぱり日本人はコタツだなと。すると夕食後、案の定コタツから一歩も出られなくなり、あげくの果てには、テレビを見ながら金魚のように口をパクパクさせて寝てしまったらしい。僕は「いかん、これではいかん」と思ったのだが、すぐさまコタツ布団の中に丸まって横になり小一時間ほど熟睡する始末だった。やばい・・・初日からこれでは先が思いやられる。

祝日の今日行われたJリーグは、2位のC大阪が引き分け、その他の上位陣が揃って負けるという、波乱の一日となった。横浜Mも、3位鹿島をしっかりと料理してさしあげた(厚い守備で耐える 鹿島-横浜M評)。これでリーグ戦4連勝となり、現在の順位は8位。遅まきながらようやく乗ってきた。乗ってくるとブログで記事にするのも楽しい。次節は2位C大阪とのホームゲーム。ということは、C大阪の優勝の可能性は極めて低いということになる!

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抽選会シュミレーション

TAKE IT EASY!のJam8さんが紹介していた「2006FIFAワールドカップ 組み合わせ抽選会 シミュレーター」なるものを、僕も試してみた。

結果

A ドイツ ポルトガル 米国 アンゴラ
B スペイン スウェーデン 韓国 パラグアイ
C イタリア クロアチア イラン コートジボワール
D アルゼンチン ウクライナ ポーランド トーゴ
E フランス セルビア・モンテネグロ コスタリカ チュニジア
F ブラジル チェコ 日本 オーストラリア
G イングランド スイス トリニダード・トバゴ エクアドル
H メキシコ オランダ サウジアラビア ガーナ

悪魔的攻撃力のブラジル、FIFAランク3位なのに何故か第2シードのチェコ、名将ヒディング率いるオセアニアの雄オーストラリアと同組み(・∀・)キター!

ブラジルとチェコの、実力国同士の試合は見逃せないね。オーストラリアもタレントは揃ってるから番狂わせは充分あり得る。決勝トーナメントに進むためには、どの国も、日本からしっかりと勝ち点3を奪うことが重要な戦略になるだろう。(えっ
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by BlueInTheFace | 2005-11-23 03:34 | サッカー

ブーケを依頼されて

来週の日曜日、僕と奥さんの共通の友人の妹(H美さん)がめでたく結婚することになり、そのH美さんから僕の奥さんに、ブーケを作成して欲しいとの依頼があった。僕の奥さんは花屋のブライダルスタッフの一員として働いている。披露宴会場に飾る花をアレンジメントし、会場に搬入する仕事をしているのだ。知らない人が聞いたら一見格好いい仕事に思えるかもしれないが、実際はかなりのハードワーク。11月は結婚式を挙げるカップルも多く、業界にとってはかきいれ時にあたる。

奥さんはあくまでもスタッフの一人なので、実際にブーケやメインテーブルの花を創ることは殆んどない。特にブーケは、高い技術を備えた職人にしか創ることを許してもらえていない。残念ながら僕の奥さんはそこまでの経験を有していないので、H美さんからブーケを依頼された時は、期待に応えられるように頑張ろうと思うと同時に、不安もかなりあったようだ。そこで、忙しい中何とか時間を作ってもらい、花屋の先生にブーケの作り方を教えてもらったりしていた。

ブーケの形は「キャスケード」というもので、「小さな滝」という意味を持つ。割と一般的な、よく目にする形のブーケだ。今週末、もう一度先生にレッスンを受けることになっているのだが、最低でももう一度自宅で練習したほうがいいよと、僕が奥さんに強く言ったのだ。やはり、やるからにはとことん練習して、花嫁に喜んでもらいたいではないか。

で、今日練習して創ったのが下のブーケ。練習用の花材は(写真の腕が悪くて分からないかもしれないが)、カーネーション、スプレーカーネーション、デンファレ。せっかく創ったので窓辺に飾ってあるのだが、近づくとすごくいい香りがする。本番ではもっとボリュームをUPさせ、白バラ、白のデンファレ、アイビー、その他もろもろを入れる予定との事。

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※ちなみに今回は、僕がナース姿の余興を披露することはありません。
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クラシコ ~マドリディスタの賞賛~

リーガ・エスパニョーラ第12節、レアル・マドリッド対バルセロナ@サンチャゴ・ベルナベウ。伝統の一戦「クラシコ」に、今年も世界中のサッカーファンの注目が集まった。第11節の時点でレアル3位、バルサ2位。お互いに調子がいいままクラシコに望めるだけでなく、レアルはロナウドが怪我から復帰し、バルサもデコが怪我から復帰と、両チームともこのクラシコに向けて好材料が揃った。

キックオフ直後から、ホームのレアルは積極的に仕掛けてきた。普段のレアルとは違い、足元ではなくスペースを狙ったパスを意識した攻撃。アウェイのバルサはレアルの出足を警戒し、あまり前線に人数をかけず、基本的にはカウンター狙い。序盤は互角の主導権争いとなった。しかしレアルはバルサの最終ラインを破ることができず、しだいにバルサが主導権を握るようになる。

その立役者はバルサの前線の3人、エトーとロナウジーニョ、そしてこの大一番にジュリに代わってスタメンに抜擢された、アルゼンチンの若き天才リオネル・メッシだった。バルサがレアルからボールを奪い、前線にパスを供給する。その時、この3人の誰がボールを持っても攻撃の起点になることができた。レアルはこの3人から容易にボールを奪うことが出来ず、ファールで止めるのが精一杯だった。

エトーとロナウジーニョは言うに及ばずだが、それにしてもメッシのトラップの正確さ、ドリブルのコースどりの判断と一瞬のスピード、そしてこの大舞台での落ち着きはらったプレーぶりは尋常ではない。テクニックはあるものの、時にボールを持ちすぎてチームのリズムを壊してしまうレアルのロビーニョが、いまいち波に乗り切れないのとは対照的だ。

前半15分、そのメッシが右サイドでボールを受けドリブルを開始すると、レアルのディフェンスは最前線のエトーに引きずられるようにズルズルと下がってしまい、一番近くにいたロベカルもチェックに行かず、スピードに乗ったドリブルを許してしまった。そしてペナルティエリア付近でエトーとスイッチすると、エトーは一瞬のスピードでレアルDFを振り切り、トゥーキックでカシージャスのタイミングをずらしてゴールを決めた! 静まり返るサンチャゴ・ベルナベウ。

この後、前半の殆んどの時間をバルサが支配し、0-1のまま前半終了。前半30分にはメッシの惜しいシュートがあった他、バルサにいくつものチャンスが訪れ、いつ追加点が入ってもおかしくない状況だったが、とにかくレアルはバルサを1点で抑えることが出来、後半に巻き返しを計る可能性を残した。

両チームともメンバー交替のないまま後半突入。流れは相変らずバルサのままだった。レアルの攻撃を司るはずのジダンは、トップコンディションには程遠いように見えた。バルサは前半の途中から、シャビやデコも積極的に攻撃に参加するようになり、攻撃に厚みが増していた。もうどちらがホームだかわからない状況に陥っていた。レアルは何とか反撃に転じようとするが、バルサにボールを持たされている感は否めない。さらに不運なことに、ラウルがシュートを空振りしてしまった際に左足を痛めてしまった。水曜日にはW杯出場を決め、木曜日には双子の男児(エクトル君とマテオ君)が生まれて、公私ともに絶好調に見えたラウルだったが、この日は仕事をさせてもらえないまま、前半13分にグティと交替となった。

後半14分、バルサはカウンターから、ロナウジーニョがスピードに乗ったドリブルを仕掛ける。ロナウジーニョとマッチアップしていたサルガドは、攻撃に参加していたため前線から戻ってこれなかった。ロナウジーニョはセルヒオ・ラモスをあっさりと交わしペナルティエリアに侵入すると、切り返しでエルゲラを交わし冷静にゴール隅に流し込んで2点目!レアルはかなり苦しい状況に追い込まれた。

尻に火がついたレアルは、中盤の底パブロ・ガルシアを下げてバチスタを投入。1点返せばまだ勝負の振り子はどちらに転ぶかわからないと、果敢に攻撃を仕掛けた。しかしバルサの守備に綻びは見られない。ボールを失った際の切り替えが異常に早い。中盤でのチャレンジ&カバーを徹底し、その間に最終ラインを整えマークを離さない。ゴール前の危険なエリアには、名手プジョルがそびえ立つ。もう一人のCB、エジミウソンも絶好調のようだ。やはり彼はピボーテの位置よりも最終ラインのほうがいい。後半24分、ジダンのスルーパスをロナウドが受け、ゴールを決めたかに見えたが、これは無情にもオフサイドだった。バルサは決してラインを下げることをしなかった。バルサ先制の時、レアルがズルズル下がってしまったのとはあまりにも好対照だ。

バルサはメッシに替えてイニエスタを投入したが、それは逃げ切りの為の交替などでは決してなかった。まるでミニゲームのように敵陣でパスが繋がり、バルサのショータイムの様相を呈してきた。片やレアルはバチスタのヘディングシュート、サルガドの左足のシュートも実らず、時間だけが過ぎていき、そして後半33分、決定的な3点目をバルサに与えることになってしまった。

それは2点目の時と全く同じ、カウンターからのロナウジーニョのゴールだった。サルガドは攻めあがっており、ロナウジーニョの前には広大なスペースが空いていた。スピードに乗ったロナウジーニョのドリブルをセルヒオ・ラモスは捕まえられず、難なくゴール。セルヒオ・ラモスは2度もロナウジーニョにブッちぎられたばかりではなく、1点目の場面でもエトーとメッシのどちらをマークするか迷ってしまい、結果的にエトーの突破を許してしまった(いやこれはエトーの突破を誉めるべきか)。素晴らしい才能に恵まれたセルヒオ・ラモスだが、大成するにはもう少し経験を要さなければならない。

この3点目で勝負はついた。信じられないことに、このロナウジーニョのゴールの後、サンチャゴ・ベルナベウのマドリディスタから拍手が起こった。スタンディング・オベーションまで起きている。それは敵ながらあっぱれとバルサを賞賛すると同時に、愛する我がチームへの痛烈な皮肉となった。勝負はついたが、しかしまだ試合は終わっていない。レアルの選手達は何とか顔を上げ、この屈辱に必死に耐えていたが、もう反撃の余力は残されてなく、ただ試合が終わるのを成すすべなく待っているだけ。試合前「たとえ試合に負けても、自分たちのサッカーが出来ないよりはマシ」と語ったデコだが、バルサは90分間自分たちのサッカーをやり通して、最高の結果を残した。90分間何もさせてもらえなかったレアルのイレブンは、ブーイングの嵐に包まれた試合終了後、悔しさを噛み殺しながらバルサの選手たちを讃えていた。

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by BlueInTheFace | 2005-11-21 00:49 | サッカー

ハイビジョン特集 輝く女・いま 矢野顕子

2004年4月にNHK-BSで放送された「ハイビジョン特集 輝く女・いま 矢野顕子」を見た。すっかり見るのを忘れたまま1年半の歳月が流れてしまい、危うく「日本対アンゴラ」のショボい試合を上書きしてしまうところであった。

NYでプライベートライフに密着し、矢野顕子の根底に流れる「本物へのこだわり」に迫ります(矢野顕子オフィシャルHPの番組紹介より抜粋)

彼女の「本物へのこだわり」は、彼女の生活にもよく表れていた。自宅のあるマンハッタンの街を、その場限りの即興で出来上がった歌を口ずさみながら闊歩し、美しい街並みや、センス溢れる看板のロゴに心ときめかす。自宅近くのチェルシー市場では、量り売りの青菜を、立ち寄った花屋では自宅に飾る花を、真剣にしかも楽しそうに選ぶアッコの姿が印象的だった。尽きることのない彼女の「美」「生」へのこだわり。表現することへの飽くなき欲求。それは彼女の日常の全てから育まれている。

NYの郊外にある、古い納屋を改造した専用スタジオにて、アッコは一人ピアノを弾き語り、数ヶ月後に控えたライブをイメージしていた。懸命に「そこにある音」を探している模様だったが、しかしアッコの表情は、まるで音が訪れるのを“待っている”ような感じで、少なくとも僕には音を“探している”ようには見えなかった。もう少し具体的に言うと、ピアノを弾いている彼女は一応譜面を見てはいるものの、視線の先はその譜面にはない。彼女の五感全てが彼女の目となって、彼女の周りに存在する、空気や、匂い、微粒子の振動すら感知しながらピアノを弾いているようで、その姿はほとんど瞑想状態に近い。

スタジオで彼女は幼い頃のエピソードの一つを語ってくれた。幼稚園の遠足の帰り、アッコは家に着き母にその日あった事を話す。母が今日はどうだったの?の聞くと、アッコはピアノの前に座ってチョコチョコと演奏を始め、これこれこうだったよ、と母に報告した。母は、ふーんそうだったのと頷く。彼女にとってピアノとはそれほど自然な存在なのだという話だ。例えば絵の得意な子どもが、絵を描きながらその日のことを母に報告する。それがその子にとってはごく自然な事であるように、アッコもまた、ピアノと共に自分を表現することは彼女にとって当たり前の事なのだ。

番組の最後に、彼女お気に入りのライブハウス「Joe's Pub New York」での演奏が披露された。『Over』という曲で、「悪い時は過ぎたよ 今からもっとよくなっていくんだ」と歌うサビの部分は圧巻。彼女の“表現したい”という想いがビシビシと伝わってきて、ベースとパーカッションが加わり圧倒的なスケールに仕上がった演奏には、胸があつくなった。

彼女の素顔の魅力が存分に伝わる、優れたドキュメンタリー番組だと思った。アッコファンならずとも是非一度は見て欲しい作品。何度か再放送しているらしいので、もしかしたらまたやるかも(でももう1年半も経っちゃったからなぁ・・・汗)。
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by BlueInTheFace | 2005-11-19 09:06 | 映画・TVなど

悲喜交々

昨日16日は、サッカーのW杯予選プレーオフや国際親善試合が世界中で行われた。日本など、既にW杯の切符を手に入れた国にとっては、本番に向けての貴重なテストの場であり、W杯プレーオフに望んだチームにとっては、天国と地獄を分かつ重要な一戦となった。以下、各地の試合結果とその感想を簡単にまとめてみた。

国際親善試合:日本1-0アンゴラ
ビデオ録画に失敗し、前半20分頃からの観戦。それ以前は日本がいいリズムで攻めていたようだが、僕が見た時間帯以降は、日本は攻撃のリズムを全くつかめず、相変らずのDFラインからのビルドアップのもたつき、大きな展開の不足が目についた。後半も同様の流れだったが、松井大輔を投入し4バックに変更してからリズムが一変。見ていて日本に点が入りそうな気配がひしひしと感じられた。
チームの流れを変えたその松井本人による後半44分の決勝ゴールは、ドイツW杯メンバー入りを決定付ける、彼自身にとっても重要な意味を持つものになった。しかもこのジーコジャパンにおいては、松井にはまだまだ伸びしろが期待できそうだし、フランスリーグでも更なるステップアップが見込まれるのだから、彼の一挙手一投足にワクワクする気持ちを僕は抑えきれない。
だが松井がいるいないに関わらず、90分間を通してチームを如何にコンパクトに保つか、プレスをかけ続けチームとして連動した守備が出来るか、守備から攻撃への素早い切り替えを如何にするか、など基本的な戦術の問題が山積みのジーコジャパンに、残された強化の時間はもう殆んどない。

W杯予選プレーオフ第2戦:スロバキア1-1スペイン
2戦合計2-6で、スペインがW杯本大会出場決定。プレーオフでは圧倒的な強さを見せたスペインだが、本大会ではどうだか分からない、それがスペイン。もし日本と同組になっても、日本が勝ち点を獲るチャンスはある?

W杯予選プレーオフ第2戦:チェコ1-0ノルウェー
2戦合計2-0で、チェコがW杯本大会出場決定。こちらも順当。結果を見るに、ツェフを中心としたチェコの守りは本大会でも大きな武器になりそうだ。

W杯予選プレーオフ第2戦:トルコ4-2スイス
2戦合計4-4、アウェイゴール数でスイスがW杯本大会出場決定。前回W杯3位のトルコが本大会出場を逃す。あと一点獲れていれば、もしくはあと一点獲られなければ・・・ねぇ。スイスは良く知らないが、普通に強そうだ(←適当)。

W杯予選プレーオフ第2戦:バーレーン0-1トリニダード・トバゴ
2戦合計1-2で、トリニダード・トバゴがW杯本大会出場決定。何でもバーレーンは試合終了間際に幻のゴールがあったとかなかったとか。まぁ、日本と対戦した時のバーレーンを見る限り、W杯に出るにはまだ一歩実力が足りないと思ってたので、終わってみれば順当な結果か。でもトリニダード・トバゴの事を僕は何も知らない。

W杯予選プレーオフ第2戦:オーストラリア1-0ウルグアイ
2戦合計1-1(PK4-2)で、オーストラリアがW杯本大会出場決定。オーストラリアキタ━━(゚∀゚)━━!! いやー見たかったなぁ最後のPK。観衆は、緊張して死人が出てもおかしくないくらいだっただろう。あ、あそこはラグビーの国だから、そこまで熱狂してないか・・。でもW杯出場を決めたこれからは、サッカー熱もにわかに高まってくるに違いない。

国際親善試合:カタール0-3アルゼンチン
何もアルゼンチンほどの強豪国が、カタールごときと強化試合を組む必要も無さそうに思えるが、カタールのオイルマネーはアルゼンチンにとって最大の強化策だという事なのだろう。

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by BlueInTheFace | 2005-11-17 11:33 | サッカー

「象徴としての天皇」についての長考

11/17 記事の内容に若干の加筆・修正を施しました。

昨日の午前中に、テレビで紀宮様の結婚記念特集番組を放送しているのを少しだけ見た。幼き日の紀宮様の愛くるしい様子に始まる、これまでの成長の軌跡が映し出されていた。色褪せた映像。レトロな昭和の時代を感じさせる女性ナレーターの声。幼き日の紀宮様の立ち振る舞いには、サラブレッドである事を強く感じさせる気品、オーラのようなものが強く発散されていて、それを見ただけで、僕たち一般人とは違う世界を生きている人なんだなと感じずにはいられない。

皇室の事について少しでも突っ込んで語ろうとする時、そこに横たわっている日本の伝統、歴史問題、憲法、ナショナリズム、といった話題を避けて通ることは難しい。そしてそのいずれもが、何をもって正しい答えとするのかあやふやなまま、今も“戦後”は続いている。

思えば、小学校の授業で「天皇は日本の象徴」だと習ったとき、僕にはその意味がさっぱり理解できなかった。おそらく今でも殆んどの子どもがそう思っているのではないか。分かりにくいことこの上ない。外国人が“日本”というものを外から眺めた時も、同じように疑問に思っているのだろう。ただ、これからも象徴としての天皇の制度を存続させるとするならば、そこには以下のような意義を見出す事が可能なのではないかと僕は思う。日本という国が1945年8月15日の終戦記念日を境に「新たに生まれ変わった」という錯覚を、僕らが抱きそうになるのを戒めてくれる意味に於いて、象徴としての天皇の存在には意義がありそうだと思えるのである。


終戦によって、暗黒の戦争時代からやっと解放された日本人一般市民は、アメリカ人の手によって作られた新しい憲法の旗の下、どん底からの再生に向けて新たなスタートを切ったかに見えた。しかし政治であれ経済であれ一般市民の生活であれ、それは新たなスタートという事では決してなく、あくまで戦前からの歴史の積み重ねの延長線上なのだ。

例えば、戦後は軍を解体し(結局アメリカの意向により自衛隊として軍は残った)、経済立国を目指す政策を選択した日本だが、その経済をリードしたのは、戦前から名を馳せていた財閥に他ならなかった。年功序列という給与形態は、戦前から続いた経営者対労働者の闘争の結果生み出された「和解案」のようなものだった。日本が高度経済成長の波に乗れたのは、朝鮮戦争やベトナム戦争の特需による影響が大きいが、その土台となったのは、戦争中に国の指令によって育まれた重工業の資産の蓄積だった。「一億総中流時代」というキャッチコピーの元、ものに溢れ豊かな生活を送るようになった日本人だが、元より下層に暮らしていた人々の暮らしは一向に上昇せず、また偏見・差別の類は形を変えて人々の意識の中に残った。

終戦を期に、それまでが嘘だったかのように劇的な変化を遂げた日本だが、実は戦前からの経験、財産、反省に基づき、試行錯誤(残念ながら国としての中・長期的ヴィジョンを伴っていなかったが)を繰り返した結果今の日本があるという事を、僕たち現代日本人がしっかりと認識する事は、案外重要なのではないだろうか。言うまでもなく、数多くの負の財産もしっかりと受け継がれている。より良い未来を築こうと願う僕たちが、その「歴史の連続性」に思いを馳せるとき、古代から続く皇室の存在は、その象徴になり得るのだと思う。

ところで余談になるが、皇室関連のテレビを見ていていつも違和感を覚えることがある。愛子様のような幼児にまでなぜ「さま」を付けて呼ぶのだろか、と。せめて15歳くらいまでは「愛子ちゃん」でもいいのではないか。絶対にそのほうが親しみやすくていいと思う。皇室の人間をこういう仰々しい呼称で呼ぶことは、僕には何だか時代錯誤のように見えなくもないが、これも歴史の連続性が成せる業なのだろう・・・。

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2次会にて

草サッカー仲間の通称“ノリさん”が、12日(土)にめでたく結婚されました。彼は僕と同じ学年で、好青年ぶりまで僕と同じ(?)なのだが、仕事の都合でなかなか草サッカーに顔を出すことが出来ずにいる、うちのチームのエースストライカーだ。相手は、彼と同じ会社に勤める3歳年下の美人系の子。

僕たち草サッカー仲間は、披露宴の後の2次会にお呼ばれして、横浜の関内駅の近くにあるパーティー会場に駆けつけた。野郎の集団が大挙押し寄せたことで、会場は男子の占める割合がかなり高かった。背が高くスラっとして、浅黒く日焼けしたノリさんと、深紅のドレスに身を纏った美しい新婦が登場した時には、割れんばかりの大喝采。乾杯→歓談→ビンゴゲーム、とプログラムが進行していき、場は大いに盛り上がりを見せていた。だが、僕にはそんな会場の雰囲気に浸っている余裕はあまりなかった。なぜなら、ビンゴゲームの後に催される余興で、僕を含めた数人は、ナース姿で新郎と共に早食い競争をしなければならなかったから。ビンゴの声が会場に響き渡る中、僕は着替えの為に慌てて更衣室へと駆け込んだ。

制服のサイズは各種取り揃えてもらっていたのだが、僕は敢えてSサイズの制服を選び、ムチムチ感をアピールすることにした。白いストッキングから、うっすら脛毛が見えている。僕は人前でこのような余興をする事自体が始めてだったので、最初は幾分緊張したが、皆の前に出てしばらくすると、何だか見られているという快感が僕を支配するようになってきた。僕は何のテライも無くシュークリームの早食いに挑んだ(新郎との対決には負けました)。舞台の袖に引っ込む時には、一抹の寂しさを覚えるほどだった。

というわけで、おめでとうノリさん。美人の奥さんを、大切に大切にしてあげて下さい。なお僕のナース姿の写真は、出来上がり次第、そのごく一部をUPしたいと思っている。おそらく、速攻で削除することになると思うが・・・。

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変なメニュー

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サビースセット?
@関内の中華料理屋
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