僕の自動車事故日記(後編)

前編からの続き)

その日の夜、僕は少年の自宅へと電話をかけました。少年には、出先から戻り次第親に連絡を入れると言っておいたのですが、思いのほか予定がおして、電話をかけたのは事故から既に七〜八時間が経過していました。電話口に出たのは、彼の母親でした。

「○○さんのお宅でしょうか。わたくしミツといいまして、息子さんの事故の件で・・・」

「あぁ、わたし、昼間何度も電話したんですけど、いらっしゃらなかったみたいで。
で、なんの用ですか?」

強烈な先制パンチでした。いきなり喧嘩腰です。まるで立ち合いで“猫だまし”を食らった力士の気分です。土俵際でなんとか踏みとどまった僕は、まず、冷静さを保つよう自分に言い聞かせました。

「息子さんが未成年だったもので、一応連絡をと思いましてね。」

「それはわざわざ丁寧にすみません。ところでお宅、事故は初めて?」

この後、何故か、僕は立て続けに質問攻撃を受けました。免許はゴールドなのかとか、事故の場所、交差点の形状・・・等々。僕が不利になる材料を、懸命に探しているようにしか聞こえません。オマエは保険屋のまわし者かっ!ていうか事故の場所すら息子から聞いてないのかっっ!僕はだんだん黙っていられなくなりました。

「息子さんほど運転の未熟な人が、あんなに大きな国道を走るのは無理があるんじゃないですか?ちゃんと周りを確認させてください。」

「未熟って、証拠はあるんですか?」

「証拠なんてなくても分かります。一部始終を見ていた警察官が、息子さんに注意してたくらいですよ。あの運転じゃぁ、一緒に乗っていた彼女さんも気の毒です。」

「彼女?彼女を乗せていたというんですか?」

案の定、母親は何も知らなかったようです。多分知らないだろうと思って、ちょっと意地悪な告げ口をしてみたのですが、母親は明らかに動揺していました。そしてこう続けたのです。

「とにかく、私どもは全てを保険屋さんに任せますので。当事者同士の余計な交渉はマナー違反になりますし、特に用件がないのであれば、これにて・・・」

(根掘り葉掘り質問してきたのはオメェじゃねーかっ!マナー違反はこっちのセリフだっっ!)

「一つ言わせて下さい。うちは助手席に妻を乗せていたんですがね。お宅の息子さんは人の車の助手席にぶつけておいて、妻に“大丈夫ですか”の一言も無かったんですよ。わたしとしてはそれが非常に残念なんです。」

「それは、わたしに言われても困ります。」

「じゃぁ息子さんを(受話器に)出して下さい。」

「そんな事はできません。」



この後の会話はよく覚えていませんが、おそらく相当頭に血がのぼっていたのでしょう。結局、息子だけでなくこの母親からも、大丈夫ですかの一言もありませんでした。
子は親の鏡。母親がアレでは、息子がダメ男なのも当然です。

いくら我が子可愛さとはいえ、この電話の応対は、少々常軌を逸脱しているように僕には思えます。この家族が、やや問題ありの親子関係を抱えていることは、なんとなく想像がつきます。そしてこういう家庭環境の歪みは、その家族間で収まってはくれず、周囲に飛び火するものなんですよね。僕らは、その火の粉を思いっきり被ってしまったのでしょう。

この時の事故での一番の被害者は、少年の彼女でしょう。彼女はおそらく、少年のあまりに幼稚な態度に、大きな幻滅を覚えたと思います。あるいは、私がついてなきゃこの人はダメね・・・なんて母性を働かせたりなんかして。仮に結婚したとして、少年にはもれなくあの母親が付いてきますよ。それは彼女とてお断りでしょう。事故直後の警察署内で、少年が彼女をほったらかしながら、頻繁に母親と電話でやりとりしているのを、その横でずっと聞かされた後では・・・。

(完)

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