孤独を選んだおじいさんの話

実家のドラッグストアの常連客の一人に、「Hさん」というおじいさんがいた。奥さんを早くに亡くしたHさんはアパートに一人暮らし。Hさんには息子が一人いるのだが、その昔、金を借りにきた息子と揉めに揉めた挙げく、勘当したのだという。

Hさんにはバブル時代の蓄えがそこそこあるらしく、金に不自由はしていなかった。しかし彼は高齢で病気を持っているにもかかわらず、病院が嫌いで、施設に入る事も拒み、介護も雇わず、友人も近所付き合いもほとんどない人だった。

そんなHさんとコミュニケーションをとれるほとんど唯一の人間が、うちの両親であった。Hさんは週に一、二度、散歩がてら(?)うちの店にぶらりと立ち寄っては、父または母とちょっとした世間話を交わし、栄養ドリンクやおにぎりを買って帰るのだった。

そのうち、病気がちのHさんは次第に店に来られなくなり、代わりにうちの母が、ドリンクやおにぎりをアパートまで配達するようになった。いつも母はHさんのアパートの部屋に入って荷物を置き、散らかった部屋を簡単に掃除してから帰った。その傍ら、せめて病院にだけは行くよう勧めてみても、Hさんは頑として首を縦に振らなかった。

ある日、Hさんから配達をお願いする電話がいつものように店に入った。ただいつもとは注文の量が少し違う。普段は、ドリンクやおにぎりを3〜4日分ほど注文するのだが、この日に限って、彼は10日分をまとめて配達してくれと言うのだ。母は少し嫌な予感を覚えながらも、いつものように配達し、部屋を片付け、Hさん宅を後にした。その帰り際、Hさんは母に「本当にいつもありがとうね」と深々と頭を下げた。

アパートの大家さんによってHさんの死が報告されたのは、この日からおよそ一週間後のことであった。

あれから一週間ほど過ぎた頃、母は「やはりどう考えてもおかしい」という結論に至り、Hさんのアパートを訪ね部屋をノックしたのだった。しかし中からは全く応答がなく、人の気配すら感じられなかったので、母はアパートの大家さんに相談した。しかし大家さんとはいえ、住人の部屋に勝手に入ることは許されていない。大家さんが合鍵を使って部屋の中へと入る為には、Hさんが入居する時に交わした契約書の「保証人」か、もしくは家族の誰かと一緒でなければならない。しかしHさんには身寄りもなく、契約書に書かれた「保証人」は全くのデタラメであった。大家さんが警察に連絡するからと言うと、とりあえず母は、その場を大家さんと警察にまかせていったん店に戻ることにした。そして部屋に侵入した警察が、Hさんの死体を発見したのだった。

その後警察は、この時の状況を調べる為母を訪ねてきたが、母がHさんの事について警察に質問しても、「肉親以外の方には何も教えられないのです」と言われた。後日大家さんから聞いた話によると、Hさんは「自然死」の状態で発見されたのだとか。警察の捜査で、Hさんの息子の消息も分かったという。Hさんと親交のあったうちの父も、夕食後の食卓で母からその話を聞くと、「そうか・・・」と言ったきり俯いてしまった。その晩の食卓はとても静かであった。僕は、父がすする茶の音だけが響く食卓で、煙草の煙を深く吸い込み、ふぅと一息吐いた。

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