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博士の愛した数式

博士の愛した数式
小川洋子
著/新潮社/2004年7月

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[ぼくの記憶は80分しかもたない]博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた――記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦。博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数学が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。


以前に当ブログで、佐野元春との対談を紹介した小川洋子さんの『博士の愛した数式』をようやく読んだ。タイトルに「数式」とあるが、決して難解な内容ではない。物語は、明瞭簡潔な文章で静かに進行していくが、エピソードの一つ一つにはユーモアが溢れ、話には深い奥行きがある。

物語の序盤。数学を研究することについて語った博士の言葉が、僕にはとても印象に残った。僕にとってこの言葉は、この物語の“核”を形成する世界観だ。
「そう、まさに発見だ。発明じゃない。自分が生まれるずっと以前から、誰にも気づかれずそこに存在している定理を、掘り起こすんだ。神の手帳にだけ記されている真理を、一行ずつ、書き写してゆくようなものだ。その手帳がどこにあって、いつ開かれているのか、誰にも分からない」

そして博士は、そこに存在する定理を「美しい」と表現する。数学という、定められた解しか持たないように思える学問が、博士の言葉によって、何とも文学的な香りが漂う学問へと価値観を変貌させている。そこに超然と存在している真理。それはある意味、数学という“宗教”とも呼べるのではないかと思った。もちろん、我々はその定理をただ黙って受け入れるのではなく、数学においても人生においても、その定理を発見するためのさまざまな努力、プロセスが重要なのはいうまでもない。

ともかくこの物語を読むと、数式というものが「美しい」ものだと思えてくるのだ。そしてこの物語の結末も、この世に存在している定理と同様に「美しい」。ただ、この物語の世界観を映画で表現するのは、難しい仕事なのではないかとも思った。少し時間をおいて、出来るだけ先入観のない目で、いずれ映画のほうも見てみたい。

by BlueInTheFace | 2006-01-30 03:21 | 読書