生活のために・・・

今日会社の休憩所で、50代前半の社内委託業務をしているMさん(男性)と、少しばかり長話をした。Mさんは昔ながらの製版職人で、デジタル全盛の今でも手作業によるアナログの版作りのみを仕事にしている。会社で仕事をしてはいるが、会社に雇われている訳ではなく、あくまで個人対会社の歩合制による契約なので、業務形態としては「個人事業主」にあたる。うちの会社にはその社内委託が3人いる。

かつてのアナログ全盛だった時代には、充分な製版の経験を積んで独立し、社内委託の道を選んだ、いわゆる「職人」がもてはやされ、職人は歩合制の報酬の元、明けても暮れても尽きることのない仕事の渦の中で、身を粉にして働いていた。働けば働くだけの収入があったのだ。その為会社で経験を積んだ若い社員の中には、将来は社内委託として独立し、会社から縛られることなく金を稼ごうとする者が大変多かったのだった。

しかし時は移りデジタル全盛の時代となった今、そんな職人たちの居場所はめっきり減ってしまった。事実、数年前まではうちの会社にも10人以上の社内委託がいたのに、この数年間で一気に3人にまで減ってしまったのだ。会社に顔を出しても仕事は無く、Mさんも暇を持て余して煙草をくゆらせている毎日が続いていた。

 「どう、忙しい?」とMさんが僕に聞いてきたので、「ぼちぼちです」と答えた。
 「会社に来ても仕事がなくてねぇ。何ヶ月か前までやってたカタログの仕事も、最近になって完全にデジタルデータに移行しちゃったからね。それだけで月3万円の減収だよ。これじゃ生活もままならなくなっちゃうね。転職を真剣に考えないといけない時期なのかも・・・。」
 それでも時折飛び込んでくる急ぎの仕事を、渡りに船とばかりに泊り込みでこなしてしまうMさんに対して、「まずは身体が資本ですからね。もう若くはないんだから、無理はしないほうがいいですよ。転職する前に身体を壊したら元も子もないですからね。」と気遣ったのだが、僕がMさんに言える事といったら、このくらいしかなかった。

話している最中も終始口元に笑顔を浮かべていたMさんに失礼だと思って、僕も同情するようなそぶりは見せなかった。Mさんが、今までの経験を活かして転職するなら、職人気質のプライドを全て捨てて、今からでもデジタル製版の道を歩む以外にないと思った。うちの会社なら、受け入れてくれるだろう。頭を下げ、若い部下に教えを請うのである。それを格好悪いと思う奴は、そう思わせておけばいい。普段は高飛車な態度で周りから煙たがられている感のあるMさんだが、50を過ぎてデジタルの門をくぐる男気を見せてくれるのなら、いつだって僕は彼を歓迎したいと思う。

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