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林檎の樹

ゴールズワージー(1867-1933)著/渡辺万里(1905-1974)訳 新潮社

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銀婚式の日、妻と共に若い日の思い出の地を訪れた初老のアシャーストの胸に去来するものは、かつて月光を浴びて花咲く林檎の樹の下で愛を誓った、神秘的なまでに美しい、野生の乙女ミーガンのおもかげ、かえらぬ青春の日の悔いだった・・・・・・。美しく花ひらいた林檎の樹(望んでも到達することはできない理想郷)の眩さを、哀愁をこめて甘美に奏でたロマンの香り高い作品。


随分前にむーちょさんから教えてもらった『林檎の樹』を読んでみた。短編という事もあったが、面白くてあっという間に読み終えてしまった。初老の主人公アシャーストの青春の記憶が、ギリシャ悲劇の『ヒッポリュトス』を引き合いに出しながら抒情性豊かな文体で綴られていて、読む者を、舞台となるイングランド南西部の美しい自然の中へと誘ってくれる。僕は読んでいて、まるで自分がその自然の中に立っているかのような、まるで「林檎の樹」の下に立っているような錯覚を覚えたものだ。

過去(はおろか未来さえ)を想う時、そこにあるのはノスタルジックな感傷。センチメンタリズム漂うゴールズワージーの作風は、青春の日々を回想するこの物語のスタイルに、実によくマッチしていた。乙女ミーガンの悲劇、そして、美しい故に残酷な記憶を胸に秘めつつ今を生きる、初老アシャーストの姿に、僕はしばし打ちひしがれてしまった。

by BlueInTheFace | 2005-04-03 18:44 | 読書