佐野元春と小川洋子の対談(朝日新聞1月21日付夕刊)記事も今回で最後。音楽や文学に対する、誠実で謙虚な姿勢が窺える内容の濃い対談は、ふたりの優しい人柄がそのまま滲み出ているようだ。
佐野
小説を書くときに取材はするのですか。
小川
あんまり取材する方ではなくて、偶然出会った言葉や音の響きから、ラストシーンが決まることもあるんですよ。
佐野
歌をつくっていくとき、僕はレコーディング中の偶然を期待しません。最初に浮かんだのが、すべてだというところから始めています。最終形が浮かんでいて、それを細かく分解して、分解したものをひとつひとつ作っていって、最初のイメージに近づける作業です。
小川
音楽は最初に完成形で頭の中にあるんですね。言葉って不自由なんですかね。音よりも恥ずかしがり屋なのかも。
佐野
あらゆるメロディーの中にはすべてに言葉があって、それを引き出すのがソングライターの仕事。メロディーに隠された真の言葉を引き出すのは、宝物をみつけるような喜びがあって、なかなか引き出せない。これも違う、あれも違う。こうなると、いつになったら終えられるのだろうか、そういう焦りがあります。
小川
小説も全く同じです。洞窟の壁面を削って、発するべき言葉を発せないまま死んだ人の言葉を掘り出し、小説という形を借りてよみがえらせる。そうしないと、ものすごく美しい奇跡が隠されているかもしれないのに永遠に埋もれたままになってしまうから。メロディーの中に隠されている言葉を引っぱり出そうとするのと同じように、目に見えていない言葉を探しているんですね。
佐野
いい曲が書けた時は、何か自分の才能でもって書いたというよりかは、どこかこう導かれて、音ができてどうもありがとうっていう感覚がありますよ。
小川
そうなんです。満足のいく作品ほど、自分がゼロからやったんだっていうおごり高ぶった気分になれないんですよね。謙虚な気持ちがなければ、導いてくれる何かとも出会えないんです。■